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3月11日、地震が起きたとき。

この度の東北地方太平洋沖地震で被災された皆さまに


心よりお見舞い申し上げます。


そして被災地を助けるために動いているすべての方々


ありがとうございます!


3月11日、地震が起きたとき


私は銀座の会社内(6階)でお仕事をしておりました。


はじめは揺れてるなぁ~、くらいにしか思ってなかったのが


だんだん大きくなり


ガタガタ、ガシャンガシャン!という音。


ロッカーの扉が開いたり


イスが勝手に動き回ったり


地震というよりポルターガイストのような感じでした。


揺れが収まった頃、部長が「職場放棄だ!」とか言って逃げ出したので


一緒に職場を放棄しました。


外に出るとすごい人・・・。


階下の映画館からもぞろぞろと人が溢れ騒然となっておりました。


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「異様なくらい大量の鳥の群れ」


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「交通機関が麻痺し、駅に入れない人が歩道に溢れる」


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「携帯が繋がらないため、公衆電話に行列」


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「会社内の壁に出来た大きなひび」
※表面だけなので耐震に影響はないとのこと


その後も戻っては、余震で逃げ出すのを繰り返し


夕方5時、意を決して徒歩で帰宅することにしました。


前もって会社のPCから、奇跡的に在宅していた旦那にメール。


自販でお茶を買い、会社のおやつのお煎餅を数枚もらって


いざ、出発です!


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「警視庁」


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「国会議事堂」


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「最高裁判所」


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「四谷駅」


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「新宿通りの人混み」


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「青梅街道の街頭スクリーン」


道がわからないながら


道路標識と旦那からのナビメールで


25キロ強の道のりを6時間かけて帰宅しました。


帰宅した時は、色んな感情が入り混じり


わんわん泣きながらツイッターにPCから書き込みしてました(笑)


でも本当に怖かったのはここからです。


気になった震源地は


3連休で行くはずだった宮城県でした。


地震前日までツイッターで盛り上がり


どこへ行こうとか、東北地方の方言について


下らないことを言っていたのに


友人のたくさん住んでいる宮城は


壊滅的な被害を受けていました。


テレビで津波や地震の惨状が映るたびに


見るはずだったかもしれない景色が流されてる。


見るはずだったかもしれない景色が燃えている。


見るはずだったかもしれない景色が・・・景色が・・・。


そして楽しいはずの東北訛りを、こんな形で聞きたくなかった。


悲しくて悔しくてやりきれなくて


数日落ち込んでました。


が、気づきました。


落ち込んでて、なにか変わるのか。


みんなが長い時間悲しみに浸っていたら


被災地の人たちは喜ぶか。


これから色んな悲しみや苦しみを乗り越えなくちゃならない。


ならば、その時に「頼れる人」になってなければならない。


不謹慎だという言葉で色んなことを止めてしまって


経済まで破綻したら復興どころではない。


株価が高騰してもうバブリーフィーバー再来♪となれば(かなり極端ですけど)


復興に大きな力になるじゃないか!!


ただ計画停電が最初ものすごく混乱し


最寄駅まで電車が来てなかったので


2日ほど会社を休む羽目になりました・・・。


早くも馬車馬のようには働けませんでした・・・。


そして水曜日、やっと開通ということで駅へ行ったら


100メートル近い行列!


駅が入場規制をしているためでした。


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結局会社に行くまでに通常の2倍、2時間かかりました。


でもね、こんなもんです東京の被害。


計画停電が終われば、それこそ元通り。


被災地の皆さん!


東京で節電&節約&計画停電で


一日も早く安心して眠れる夜を届けられるよう頑張ります!!


なので苦しい中でもどうか、ユーモアと笑顔は忘れないでね☆



【お知らせ】

この度、にほんブログ村から退村することにしました。

今まで応援ぽちしてくださった方

この村で出会った友人たち

ありがとうございました。

※コメント欄、閉じてます。

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